大阪地方裁判所 平成12年(ヨ)10041号 決定 2000年8月30日
債権者
関田道夫
右代理人弁護士
大川一夫
債務者
株式会社サン・テクノス
右代表者代表取締役
福田隆
右代理人弁護士
鳩谷邦丸
別城信太郎
主文
一 債権者の申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は債権者に対し、平成一一年四月以降本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、二二万四二五七円を仮に支払え。
第二事案の概要
一 争いがない事実等
1 当事者等
(一) 債務者は、大気、水質、産業廃棄物中の有害物質の測定及び分析、作業環境測定及び分析事業等を目的とする株式会社である。
(二) 債権者は、平成九年三月二五日付けで債務者に入社し、同年四月一日に雇用期間を同日から一年間と定め、その後二度に渡り更新されて(なお、平成一〇年三月一日に嘱託就業規則が制定され、以降、債権者には右嘱託就業規則が適用されていた)、平成一二年三月三一日が契約期間満了日であった。
債権者の担当業務は、(1)検体試料を債務者と取引先の工場又は工場から試料を回収している業者に出向いて、採取ないし引取り、債務者に持ち帰ること、(2)検体試料である排水に関する「分析結果控」に、日付、担当、コード番号、得意先名、試料名、分析項目等を正確に記帳するほか、分析するための前処理(分析のために必要量を所定の容器に入れ、酸などを加えて攪拌後、濾紙で濾過して三角フラスコに入れる作業)を行うこと、(3)ペーハー測定(検体試料を容器に入れオートサンプラーでペーハーを測定する作業のこと)、(4)その他、ポリ容器洗い、排水処理、集金などであった。
2 雇止め
平成一二年一月五日、債務者は債権者に対し、同年三月三一日の契約期間満了をもって契約を終了させ、以降契約を更新しないことを告知した(右契約更新をしない旨の債務者の措置を、以下「本件雇止め」という)。
3 賃金
債権者の本件雇止め前の六か月間の平均賃金は二二万四二五七円であり、支払は、一〇日締め二五日払いである。
二 争点
1 本件雇止めについて解雇に関する法理が適用されるか
2 本件雇止めについて解雇に関する法理が類推適用されるか
3 本件雇止めは解雇に関する法理に照らし無効か
4 (予備的主張)普通解雇の効力
5 保全の必要性
三 当事者の主張
1 争点1について
(一) 債権者の主張
債権者と債務者との間の雇用契約における一年という期間の定めは形式的なものにすぎず、右契約は本来期間の定めのないものであるか、又は反復更新により期間の定めのない契約に転化したものである。したがって、本件雇止めは解雇の意思表示に該当し、その効力の判断にあたっては解雇に関する法理を適用すべきである。
(二) 債務者の主張
有期雇用契約が更新を繰り返しても、期間の定めのない契約に転化することはない。債権者と債務者との雇用契約は、厳格な手続のもと、数度更新されたにすぎず、実質的にも期限の定めのない契約に該当するものではない。
2 争点2について
(一) 債権者の主張
債権者と債権者間の契約が有期の雇用契約であったとしても、契約更新による雇用継続の実態からすれば、労働者が継続雇用の期待を持つことが肯定できるような状況においては、解雇権濫用法理が類推適用される。債権者が、継続雇用の期待を抱いたのは、平成一〇年三月末に、債務者前社長から「七〇歳迄と言わず誰が見てもよぼよぼであかんなあと言われるまで来てもらっていいですよ」と言われたことなどに基づくものである。
(二) 債務者の主張
債権者と債務者との雇用契約は、厳格な手続のもとで更新されている上、そもそも債権者との間で「労働契約書」を交わすようになったのは、債権者にミスが目立つようになり、前社長が口頭ではなく書面で契約を取り交わした方がよいと考えたからであって、債権者に更新の期待を持たせるような発言が債務者側からなされたこともなかった。
3 争点3について
(一) 債権者の主張
債務者の債権者に対する解雇は何等合理的理由のないもので解雇権の濫用として無効である。
(二) 債務者の主張
平成一二年三月三一日の本件雇止めによって、債権者と債務者の雇用契約は有効に終了している。
4 争点4について
(一) 債務者の主張
債権者は担当業務である「分析結果控」への記入に関し、少なくとも一五件の誤記を行い、収集忘れ、報告忘れ、受付忘れなどは数限りなくあった。これは、嘱託就業規則第二四条(4)号「勤務が怠慢で技能や労働能率が著しく劣るとき」又は同条(5)号「精神または身体の障害により業務に耐えないとき」に該当し、普通解雇事由も認められるものである。よって、予備的に普通解雇による契約終了も主張する。
(二) 債権者の主張
債権者が誤記や担当業務を忘れたことがあったのは事実であるが、これは休憩が事実上なく、昼食も十分取れないといった業務過多の状態のために生じたものであって、債権者の責任とするのは酷である。また、右事由のために債務者や取引先に被害を与えたこともないのであるから、そのような行為を解雇事由とするのは不当である。
5 争点5について
(1) 債権者の主張
債権者は妻と娘と三人で暮らしている。しかし、娘の収入は全て娘自身が結婚し独立する際の資金に回しているため、家計は債権者一人の収入に頼っている。
(2) 債務者の主張
争う。
第三当裁判所の判断(争点1及び同2について)
一 (証拠略)によれば、次の事実が認められる。
債権者は、平成九年三月二五日、時給一〇〇〇円、勤務時間午後一時から午後五時までのいわゆるパートタイマーとして債務者に入社したが(なお、当時債権者は六三歳であった)、債権者の希望から同年四月一日から勤務時間が午前一〇時から午後五時までとなるとともに、雇用期間は同日から平成一〇年三月三一日までの一年間となった。さらに平成九年五月一一日から債権者は勤務時間が午前八時三〇分から午後五時までの全日勤務となり、賃金も月給制となった。当初、債権者と債務者との間で雇用契約に関する契約書は作成されなかったが、平成一〇年三月三〇日の更新の際には、契約期間は一年間であることを明記した「労働契約書」を作成し、平成一一年三月三〇日の更新の際にも、同様の「労働契約書」を作成した。契約更新手続は、期限終了日の前日に、債権者との面接を経てなされた。また、平成一一年三月三〇日の契約更新に際しての面接において、債務者は債権者に対して間違いが多いことを指摘し、債権者が「七〇歳までは働きたい」、と言ったのに対して前社長が「それはあつかましいなあ」、と返事をし、債務者側から「とりあえずもう一年様子を見させてもらい、仕事によって考えさせてもらいます」と告げた。
また、債務者は平成一〇年三月一日に「嘱託就業規則」を制定したが、同規則が適用される従業員は債権者一人であり、他に債権者のように有期雇用契約を更新していた従業員はいなかった(審尋の全趣旨。ただし、アルバイトを除く)。
二 右事実認定に基づいて判断するに、債務者が主張する債権者のミスが平成一〇年三月以前にもあったことについては、これを認めるに足る疎明はなされていないが、債務者が債権者の入社当初には作成しなかった契約書を作成したり、嘱託就業規則を制定したのは、債権者が他の従業員とは労働条件において異なることを明らかにするためであったと認められる。そして、平成一一年三月三〇日には、債務者側から債権者に対し、債権者の仕事上の不備を伝えた上で、一年間様子をみて債権者の仕事の内容によって契約を更新するか否かを決める旨を告げた上で契約更新がなされたのであるから、これは、平成一二年三月三一日の契約期間の満了をもって、改めて契約更新をしない限り、当然に契約は終了するとの合意がなされたものと認めらるのが相当である。
そうすると、債務者が債権者との間で締結した雇用契約は、期間の定めのある契約であるというべきであり、その雇用契約の終了に当たって、当然に解雇に関する法理が適用されるということはできない。
さらに債権者は、雇用契約が継続されると期待した事情として、債務者の前社長が平成一〇年三月末に「七〇歳までと言わず誰が見てもよぼよぼであかんなあと言われるまで来てもらっていいですよ」と言ったことを挙げているが、右発言の有無は明らかではなく、仮に右発言がなされたとしても、当時六四歳に達していた債権者に対する励ましの意味でなされたにとどまると認めるのが相当であるし、そもそも翌年の債務者側の契約更新を原則として否定する旨の通告によって、契約継続への期待は覆されたこととなるものである。その他に、債権者が雇用契約の契約期間満了日である平成一二年三月三一日が経過した後も、債務者との間の雇用契約の継続を期待する合理的理由があったことを認めるに足りる疎明はない。
したがって、本件雇止めに当たって、解雇法理を類推適用することもできない。
三 以上によれば、債務者と債権者との間の雇用契約は、雇用契約の契約期間満了日である平成一二年三月三一日をもって終了したというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、債権者の本件申立てはいずれも理由がない。
(裁判官 西森みゆき)